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過去のレポート その1

昔のレポートだから至らんトコが多いけど よかったら意見くれw

レポート
ryoho-

①コンピュータを使えるということ(P20~28)
【著者の主張】「コンピュータ・リテラシー(コンピュータを道具として使える能力)」という言葉最近聞くが、バーコードリーダーを操作できたり、ワープロソフトが使用できたり、コンピュータを相手にゲームができることは、コンピュータを道具として使える能力があるとは言えない。
 コンピュータの使い方ばかり教えると国語等、他の勉強がおっくうになる上、学校以外の環境でほとんど使うことの無い特定のアプリケーションソフトウェアの操作方法を学校でとことん教え込んでも無駄であるから、データベースで何ができるか、どんな用途に使うと便利かを教えるべきだ。
 だから学校にコンピュータを導入することがそれほど重要なのか疑わしい。どこでも使われているものと言えば自動車もそうだが、「オートモービル・リテラシー」教育などはせず、車の運転を学校カリキュラムの中心に据えることもしないし、最近では自動車教習の時間を廃止する高校が増えている。十代の若者は学校で集中教習を受けなくても、ちゃんと運転の仕方を覚えることがはっきりしたからだ。
 コンピュータを使いだすと、生徒は手書きの文章や図表よりも、ハイパーメディアを利用した見た目のきれいなレポートを提出したいと思うようになる。しかし、レポートに手のこんだグラフをペーストした(貼り付けた)からといって、その生徒がなにかを学んだわけではない。生徒が、インターネットからダウンロードしてレポートを作成しても、その内容を理解したわけではない。
 インターネットは派手な色彩の広告をかきわけかきわけ進まなければ、閲覧することもできない。企業は、教室へと通じる理想的な電子的通路をインターネットに見つけた。
 コンピュータに詳しいと、頭が良いと誤解しがちだ。しかし、コンピュータが使えるからといって頭脳明晰ということにはならない。そして、コンピュータが使えないからといって、頭がわるいということにもならない。
 コンピュータ・リテラシーと文章を読み書きできる能力(リテラシー)――僕らがより必要としているのはどちらだろうか。

自分の意見
 コンピュータを使いだすと、…略…見た目のきれいなレポートを提出したいと思うようになる。しかし、レポートに手のこんだグラフをペーストした(貼り付けた)からといって、その生徒がなにかを学んだわけではない、と言うが、コンピュータに限られたことでは無いはずだ。雑誌などは特にいい加減なグラフが載っているし、くだらないことを書いた本も山ほどある。それをただノートにうつすだけというのも同じことである。情報の海の中で、どれだけ正確な情報を得られるかが問題なのだ。
 コンピュータ・リテラシーと…(略)…僕らがより必要としているのはどちらだろうか。現実問題、コンピュータが全く使えない人の就職は難しい。生活する中では、やはりコンピュータを侮ることはできない。もっとも、文章を読み書きできる能力(リテラシー)が全く無いのは問題外で就職どころではない。


⑥三歳児からのデジタル訓練(P85~95)
 思うに、子どもにとってコンピュータは、使い方を覚えるのがむずかしいものではない。したがって、赤ん坊のうちからコンピュータになじませ、大人になってコンピュータ恐怖症にならないようにする必要性もない。…略
 インターネットは、クジラやイルカの写真を何百枚も子どもたちのもとにはこんでくることができる。それらの写真は、幼稚園のガラス鉢で泳ぐ金魚の姿より、はるかに見栄えがよい。しかし、幼稚園の子どもにとってより意味があるのは、モニタの中の映像ではなく、ガラス鉢の中の金魚のほうだ。ガラス鉢で泳いでいる金魚はたんなる映像ではない。それは生きた金魚なのだ。…略
 コンピュータを導入する場所として、幼稚園や育児施設(幼児教室)以上に不適切な場所を僕は思いつけない。三歳児がいちばん必要とするものは何だろうか。彼らは愛情やおもいやりの対象にならなければならない。人に温かく接してもらわなければならない。そして大人の手厚い保護を受けなければならない。四歳児や五歳児は、他人とうまくやっていくための、人間としての術を見につけならばならない。僕らの子どもは映像ではなく、現実のものを相手にすべきなのだ。なのに、コンピュータはほとんどすべての幼稚園に導入されている。その理由を僕らは考えるべきだ。

自分の意見
 思うに、子どもにとってコンピュータは、…略…大人になってコンピュータ恐怖症にならないようにする必要性もない、とあるが、大人はやはり覚えにくいのは確実である。今のサラリーマンは、コンピュータを覚えるのに必死になったことだろう。そして覚えられなかった者は職を追われる羽目になる。それは会社も悪いのだろうが、現実問題、解雇されては生活できない。大人になってから覚えればいい、と言うのならば、すべて努力しだいで覚えられる。外国語も、音楽も、生まれつきからやっている人には敵わないかもしれないが、上達はできる。


⑩サイバースクール(P136~141)
 サイバースクール未来の学校へようこそ!ここでは、ネットワークを介して世界と結ばれている、教育に革命をもたらす教室です。
 まさに、ノリノリの謳い文句です。というわけで僕は、そんなにうまくいくわけがないのでは、とご心配のかたがたのために、最高予想図ならぬ、最低予想図を描いておきましょう
 学校ではさまざまな問題がございますが、これらの問題をことごとく解決し、納税者の怒りをしずめ、地区教育委員に再選される方法があるのです。それは、ハイテク技術を利用する方法です。
 手始めに学区の子ども全員にコンピュータを買い与え、CD-ROM教材を大量に導入し、子どもは自分のペースで学習します。教室も一人一人専用の小部屋で区切られるようになり、教師はおまけ同然になります。この結果もたらせるのは教育の効率化です。
 しかし、そういう教育は子どもたちの人間性を損なうのではないだろうか――ご心配には及びません。っ子度もたちはチャットでおしゃべりして仲間意識を育むことができます。
 息子さんの勉強の進み具合が心配ならば、インターネット経由でログインするだけで、テストの結果、成果を知ることができ、テレビカメラで様子を見ることもできます。
 さあ、未来の学校へいますぐ願書を出しましょう!すし詰め教室も、教師のストライキも、時代遅れの教科書も、お金のかかるクラリネットの授業も、退屈な宿題も、勉強もありません。そんなサイバースクールがあなたの学区にまもなくやってきます。

自分の意見
 現実にサイバースクールができそうなのは間違いない。しかしその結果、子どもたちに何がもたらされるのかは筆者も想像はしているだろうが、ここには書かれていない。ならば私が代わって書いてみましょう。前もって言っておきますが、これはあくまで、一つの極論であり、社会で十分対応していける人もいるのはいます。
 サイバースクール卒業した第一期卒業生は期待され、良いところに就職します。しかし、そこでの仕事とサイバースクールで経験(サイバースクールには勉強も無いので経験としました)したことはほとんど役にたちません。まわりの同僚とも上手に付き合えません。現実とチャットとは大違いでした。チャットでは失礼なことを言っても、殴られませんし、怒号も聞こえませんが、現実では起こります。卒業生は「こんなはずでは…」と、仕事先をやめます。ですが、卒業生はパソコンの達人です。HPを作って、広告を多く載せて、多くの人が見に来るようであれば、収入には困りません。何かほしいものがあればインターネットで注文し、人と会いたければチャットに行けます。ですから、彼は一生を部屋の中で暮らせるのです。それはそれで幸せなのかもしれません。
 このようなことは現実でも起こりつつあります。善悪は問えませんが、人間として健全な生活を送ってはいません。
しかし、サイバースクールの発想自体は悪くなく、私にはわかりませんが、応用次第によって本当に今よりも良い学校になるかもしれません。ただ、悪いと決め付けるのは早過ぎである。


●最後のまとめ
コンピュータを使う人間に問題があるのであって、コンピュータ自体に罪は無い。とりあえず著者はコンピュータというものの使用は、子どもの能力が低くなるから、子どもにコンピュータを使わせるべきではない、といいたいのである。そしてその風潮に異論を唱えたのが「コンピュータが子供たちをダメにする」(クリフォード・ストール著)である。
私は意識のついた時から、コンピュータゲームにふれ無邪気にあそんでいたものだが、最近はたまにコンピュータゲームをすると言い様のない、無情感にかられる。「果たして自分はこんなことをしていてよいのだろうか、他にするべきことは無いのか、いや、ある。ただやりたくないから、コンピュータの世界に溶け込んでいるのだ」と現実逃避、もしくはそれに似た行為をしているのか、と考えてしまう。だから最近はコンピュータゲームをしていても楽しくない。それは人間として正常に戻りつつあるのか、異常なことなのか、自分でもわからなくなる。
著者はきっとこう言うだろう。「正常に戻りつつある。コンピュータの世界を抜け出して現実世界で冒険をするべきだ」と。
私はコンピュータに幼いころからふれてきた、コンピュータにダメにされた人間なのかもしれないが、その子供たちすべてがダメだとは言いすぎである。子供の発想はコンピュータなどに、押さえつけられっぱなしではない。所詮人間の作ったコンピュータの限界を、突破し自分で新しいものを作る、もしくは自覚し現実に戻っていく子どもたちがいないはずはないからだ。

参考文献
クリフォードストール著『コンピュータが子供たちをダメにする』2001年第一刷 株式会社草思社

  by 30300327b | 2006-12-12 14:33 | 三日坊主日記

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